方舟(はこぶね)

「方舟」という名称は、聖書に登場するノアの方舟になぞらえたものですが、その命名理由は長岡鉄男らしく、きわめて実際的で明快なものでした。自宅に設けられたこのAVルームは五角形という特異な形状を持ち、その外観や構造が、どこか船体を思わせるものだったからです。長岡自身、その姿をノアの方舟に重ね合わせ、難解な理屈を付すことなく、直感的に「方舟」と名付けています。

「方舟」とは長岡鉄男が自らのオーディオ思想を、言葉ではなく空間そのもので実証するために作り上げた、専用のリスニングルームです。

「方舟」は、1987年8月31日に工事が完了し、同日をもって「進水式」が行われました。長岡鉄男はこの節目を、単なる完成ではなく、新たな実験と試聴の場が船出する日として捉えていたことがうかがえます。その後、スピーカーやアンプなどの機材が搬入され、膨大なレコードが収められることで、空間としての性格が次第に定まっていきました。

最終的に、長岡鉄男が構想した「方舟」が本来の姿で完成したのは、1988年4月23日のことです。そこに至るまでの過程は、建築としての完成と、音楽を聴くための場としての完成が、必ずしも同時ではないことを示しています。「方舟」は、形が先に生まれ、音と思想が後から積み込まれていった、まさに“船”のような存在だったと言えるでしょう。

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